bellwoの中国留学日記

中国政府奨学金で留学した記録です(2018.9-2019.7)

【背景推理 翻訳】白黒無常

翻訳・解釈の原案や引用に利用される際は当記事の URL を添えた上でその旨を明記してください。

 

※日本語版公開前の私訳です。実装される日本語訳と齟齬がある可能性があります。

※日本語版実装を受け明らかな誤訳の修正などを行いました。日本語版実装後の修正部分は赤字表記にしてあります。

 

1. 同道
初见,何来一见如故?

1. 同志

初めて逢った時から、古い友人のように思えた。

绑在一起的两块腰牌:依稀可以看到范无咎和谢必安两位衙役的名字。

共に腰に下げた二枚の札から、わずかに范无咎と謝必安という二人の小吏の名を看て取ることができる。*1

 

2. 忧
做恶之人!罪有应得!

2. 憂い

悪を做すの人、罪すれば應に得るべき有り。*2

一张状书:地方大员状告衙役在酒肆伤其独子

一枚の訴状:地元の高官が、小吏が酒場で自分の一人息子を傷めつけたと訴えている。

 

3. 疾风

情谊何苦?

3. 風雲

情諠何ぞ苦めん。*3

行侠仗义换来的不一定是赞誉。*4

義を行って得られるものが名誉ばかりとは限らない。

 

4. 骤雨

浮名何用?

4. 告急

浮名何ぞ用ひん。*5

“ 当天是谁动的手?是你还是谢必安?”

「あの日やったのは誰だ? お前か、それとも謝必安か?」

 

5. 劫

命若蜉蝣,岂可撼树?

5. 災い

命は蜉蝣の若し、豈に樹を撼するべけんや。*6

一封密函:地方大员让县衙十天之内,给他一个交代。

一通の密書:高官は十日以内に県衙に「彼」の代わりを補充させる予定でいる。申し開きをさせたがっている。*7

 

6. 一个理由
不可弃 ……

6. 理由

奔るべからず……*8

第一份认罪书:谢必安承认自己于酒肆伤人,与他人无关。

一通目の調書:謝必安は酒場で刃傷沙汰を起こしたのは自分で、他の誰とも無関係であると認めた。

 

7. 一个借口

不可留 ……

7. 口実

留まるべからず……*9

第二份认罪书:范无咎承认自己于酒肆伤人,与他人无关。

二通目の調書:范无咎は酒場で刃傷沙汰を起こしたのは自分で、他の誰とも無関係であると認めた。

 

8. 无人可安

身在绝处,并不是每次都可以逢生。

8. 安んずるべき人は無く*10

九死の一生は、そう都合よく得られるものではない。

一张委派状:委派谢必安和范无咎一同追拿逃犯。

命令書:謝必安と范无咎に共に逃亡者の追捕を命じている。

 

9. 无人不咎

天与不取,必受其咎。

9. 咎められざる人も無し*11

天与取らざれば、必ず其の咎を受く。*12

一纸书信:范无咎约谢必安南台桥相见,商议如何解决 “ 伤人 ” 一事。

一通の手紙:范无咎と謝必安は南台橋で落ち合い、あの一件の決着について話し合おうと約束した。

 

10. 风雨不度

是非?对错 ……

10. 風雨渡らず*13
是非も曲直も

谢必安用缉拿逃犯的功绩,换来了一个选择 “ 真相 ” 的机会。他选择自己做唯一的 “ 戴罪之人”。

謝必安は逃亡者捕縛の功績を以て「真相」を選択する機会に換えた。自分こそがただ一人の「罪ある者」であるという「真相」を選択する機会に。

 

11. 南台不归

谁是食言之人?

11. 南台帰らず*14
約束を違えたのは誰か?

范无咎明白,大员要的不是真相,而是要有人为此付出代价。

今の范无咎にはよくわかる。人々が高官が*15欲するのは事の真相ではなく、対価を支払う者の存在なのだと。

 

12. 云销雨未霁

再见,岂会此生不见?

12. 雲銷ゆるも雨未だ霽れず*16
「また会おう」と言ったのに*17

一张结案状:衙役范无咎在酒肆伤人,但在案情查明之前,就遇暴雨溺亡于南台桥下,伤人案就此作结。

沙汰書:衙役范无咎、酒場にて刃傷沙汰に及ぶも、取り調べを前に南台橋下に溺死す。此れを以て本件を沙汰止みとする。

 

20190312 冒頭の注意書きを追加
20190316 誤訳を訂正

*1:白黒無常は中国の道教系の民間伝承に登場する妖怪の類である。男の持つ陰の魂及び女の持つ陰の魄を集める白無常と、女の持つ陽の魂と男の持つ陽の魄を集める黒無常の二人組とされる。現在では冥府の役人であるとされるが、その位置付けは時代により変遷がある(以上、大谷亨「『点石斎画報』に描かれた無常鬼たち―白無常と黒無常の非二元性に着目して―」『国際文化研究』23号 p135-148 https://tohoku.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=123358&item_no=1&page_id=33&block_id=38 より)。一節によると、「無常」の名は陰陽二気が相互に形勢を入れ替える(=常態がない)ことで日夜・四季などが流転し万物を生むとする陰陽思想の基本的世界観から来ているという。(余談であるが、前掲論文では、各種説話において白無常のみが登場するケースは多数確認される一方、黒無常が単独で活躍する例は皆無であるという事実を指摘し、「対等な陰と陽が二元論を構成している」というモデルに基づき二無常をその一例とする説は当時の観念を描写したものとは言えないと喝破している。)

*2:あくをなすのひと、つみすればまさにうるべきあり。悪行を働く者は、罪を犯せば当然受けるべき報いがある、の意。

*3:じょうぎなんぞつとめん。友情はそれほど価値のあるものか、の意。

*4:「行侠仗義」は「行仗」と「侠義」を交錯したもの。中国語にはよく見られる修辞法である。

*5:ふめいなんぞもちひん。自らに似つかわしくない名声が何の役に立つのか、そんなものは無用だ、の意。友人を裏切って生き延びることは決してしないという意であろうか。

*6:めいはふゆうのごとし、あにきをゆするべけんや。小役人の命など蜉蝣のようなはかないもの、権力の大木を揺り動かすことなどできはしない、の意。

*7:「交代」は説明をする、申し開きをする、決着する、などの意。よく見知った熟語が日本語と同じ意味とは限らない好例。違和感があるのに怠けて辞書を引かないとこういった無様なことになる。今回のクソnoobポイントその1。

*8:はしるべからず。逃げてはいけない、の意。

*9:とどまるべからず。ここにいてもいけない、の意。前節と合わせ進退窮まるの意。

*10:やすんずるべきひとはなく。安息を得る者はいない、の意。「途方の暮れ」という公式訳はかなり怪しい日本語ではないだろうか……

*11:とがめられざるひともなし。許されるものもいない、の意。前節と対句を成し、二人の立場を述べる。

*12:てんよとらざれば、かならずそのとがをうく。天が与えた機会を逸すれば、かえって罰を受けることになる、の意。出典は『史記』越王勾践世家の一節とされる。

范蠡曰、「會稽之事、天以越賜吳、吳不取。今天以吳賜越、越其可逆天乎。且夫君王蚤朝晏罷、非為吳邪。謀之二十二年、一旦而棄之、可乎。且夫天與弗取、反受其咎。『伐柯者其則不遠』、君忘會稽之蚯。」

范蠡曰く「会稽の事、天は越を以て呉に与ふるも、呉取らず。今天は呉を以て越に賜す、越其れ天に逆らふや。且つ夫れ君王の蚤に朝し晏く罷るは、吳の為に非ずや。之を謀ること二十二年、一旦にして之を棄つるは、可なるや。且つ夫れ天與取らざれば、反って其の咎を受く。『柯を伐る其の則遠からず』、君會稽の蚯を忘るるか。」(『史記』越王句践世家)

 

*13:ふううわたらず。風雨が通り過ぎない、の意。「度」の字に関しては、かの「春光不度玉関門」の一節を想起すれば理解しやすい。公式訳は「風雨去りしも」となっているが、それでは「風雨は去ったが」の意味になってしまう。これは誤訳だろう。

*14:なんたいかへらず。南台橋に待ち人は戻らない、の意。前節と対句を成し苦境を描写する。

*15:「大員」は前出の語で高官の意。既出語を忘れる痛恨のミス。今回のクソnoobポイントその2。

*16:くもきゆるもあめいまだはれず。雲が消えたのに雨はやまない、の意。汲むべき表現である。

*17:原文は「さようなら、が今生二度と会わないという意味になるのか?」程度の意味だが、多少意訳した。